
私はコッテコテの物語好きである一方で、ドキュメンタリー好きなのです。本で言えばノンフィクション好き。
だから書名をみただけで気になりました。
実は読んでから2か月以上たっておりまして、ちゃんと覚えているか少々不安がございます。
(書評の対象本にしようかしらん…)と、秘蔵していたら、先に紹介されてしまって、そちらの方向で出番がなくなり、
せめてここでご紹介というわけなのです。
台本や事前のリサーチ、ナレーションや音楽を使わないという方法論で撮られたドキュメンタリー「観察映画」を実践していらっしゃる、映画作家の方のご著書。
この方のプロローグにこんな言葉があるんです。
「ドキュメンタリーには本当にワケの分からない魔力がある。先を予測できない五里霧中な感じ、あるいは、目的地を知らずに色々なところへ勝手につれていかれる圧倒的な無力感こそが、その魅力の核心にある気がする。」
そうなのー、それそれ!
ドキュメンタリー・ノンフィクションが好きな理由について、
言語化することを怠けていた代わりに、読
書に勤しんでいたら素敵な言葉に出会いました。
これなんですよ、圧倒的な無力感。
そのドキュメンタリー映像がどうやって作られていて、
しかしなぜ想田監督は、それとは異なる「観察映画」を撮るのか。
そして監督の作品はどんな風にして撮られているのか。
撮影している間、登場人物との間には何が存在しているのか。
そこのところがじっくり語られており、ほおおっとうなることしきり。
事実は一つ、真実は人の数だけ。
事業を行うなかで、起こった事実を事実としてそのまま、現象のまま捉えるというのは
思ったよりも難しいことだし、意外とできないことも多い。
そんなふうに考えている私には、なんとなくこの監督さんの考えていることが
びびっと伝わってくるところがあって、世界もスケールも全く違うけれども、
この監督さんはFACTの持つ力強い底光りみたいなものを
ご存じなのだろうなあと勝手に思いめぐらしていたのでした。
『選挙』『PEACE』『精神』などをぜひ鹿児島でも上映していただきたい!
切望するのであります。
中島秋津子